インフォメーション

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月に一度、さまざまな一次産業に関係する人たちとカウンター越しに語り合うLiV×LiVEs(リヴ×ライブ)。毎月変わる一夜店長。普段なかなか知り合う機会のない彼らが、どんなことを思い、どんな仕事をしているのか、生の声を酒の肴に交流を楽しむイベントです。

 

5月の一夜店長は「宗像日本酒プロジェクト」に関わる3人

5月は酒米を作る米農家の2人と、その酒米で日本酒を造る酒蔵の3人が登場。

有機農業を通じて環境保全を進める「宗像日本酒プロジェクト」について、それぞれお話を聞きました。

 

まずは本日のおつまみ

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福島さんの奥さん作、酒粕ビスケット

香ばしい黒ごまの香りとサクッとした食感、そして後からただよってくる優しい酒粕の気配が絶妙な身体に優しいお菓子。

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塩麹の豚肉炒め。麹を使うとなんでこんなにお肉柔らかくなるんだろう。

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山田錦(酒米)で作った甘酒

もともと酒米として使われる山田錦を麹にして作った甘酒。直売所で売ってみると指名が入るほど大好評に!パウチ加工して販売されてたら絶対買う!ってくらい美味しかったです。

そしてメインのお酒は「山の壽」

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日本酒プロジェクト

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「“自然栽培での稲作は難しくない”このことを一般の人や周りの農家の人に知ってもらいたい。そして、自然栽培の稲作が広がることで田んぼを通る水がきれいになり、川がきれいになり、さらには海がきれいになる環境回復を目的とした活動です。」
発起人、農業福島園 代表福島のその想いから本プロジェクトは始まりました。

これは宗像日本酒プロジェクトのコンセプトの最初の文です。

※全文はこちらから読むことができます!

環境回復を目的としたお米農家さんの活動、というのはわかるのですが、そこに日本酒?どういうことなんでしょうか。少しずつ読み解いていきましょう。

 

農業福島園の福島光志さん

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祖父母が米農家だった福島さんは熊本の農学部に進学。農業全体を見ると農薬を使った栽培がほとんどの割合を占める中、福島さんは自然栽培を教える先生に出会います。

「その先生の周りは無農薬で農作物を育てるのが当たり前の世界だったので、僕自身は農薬を使わないことが怖くもなんともなかったです。でも普通の農家さんは農薬を使うのが当たり前にやってきたことなので、無農薬に転換することがすごく怖いみたいで。だからじいさんとはずいぶん喧嘩しましたね。(笑)」

大学を卒業後、最初の稲作は祖父の教えのもとだったので仕方なく農薬を使うものの、2年目から自然栽培にチャレンジできるようになります。また稲作だけでなくトマトやブルーベリーなど同時に複数の作物にチャレンジしていたこともあり、実際に稲作で生活が成り立つようになるまでには5、6年かかったそうです。

「無肥料は無肥料なりに育ちます。肥料を入れるから農薬が必要になるというのが自然栽培の鉄則のようなものなんです」と福島さん。どういうことなんでしょう?

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紙に描きながら説明する福島さん

<肥料をあげる場合>

稲の成長が促進されるので、株と株の間が密集する
→密度の高いところにウンカという害虫がつき、株の養分を吸ってしまう
→養分がなくなるので実が充実せず、枯れてしまう。これが一種の害虫被害。
それを阻止するために農薬を散布する
→結果的に、米はたくさん穫れるが肥料と農薬がセットで必要になる

<自然栽培の場合>

発育を促進するための肥料を使わないので株と株の間に適度に隙間が生まれ、害虫が好む環境が生まれにくい
→害虫被害が少ないので農薬を使う必要がない
→結果的に収穫できる米の量は肥料を使った場合の6割ほどと少ないが、肥料も農薬も使わないのでその分のコストと手間が省ける

さて、あなたならどちらの方法で栽培しますか?

消費者側からすると「無農薬の方がいい」というのが一般的だと思いますが、農薬ありきでお米を育ててきた農家さんからするとそれは大きなリスクを背負う可能性があるためなかなか方向転換の舵がきれません。農業に従事し始めたときから無農薬が当たり前だった福島さんはスタートから違う道を進んでいたのですね。

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福島さんの商品

農業福島園では直接販売できる流通経路も独自に開拓しています。そのお米に惚れ込んで年間契約する顧客も多く、また同時にお米に付随した様々な商品開発も行っています。

そして約3年前。そんな自然栽培のお米に惚れ込んだある一人の女性が、ひっそりと日本酒プロジェクトの発端を生み出しました。

 

「このお米をお酒にしてくれる酒蔵はありませんか?」

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山の壽を飲みながらトークを楽しむ参加者

その女性は普段から面白いことや魅力的な活動があれば県内外問わずでかけていく方で、福島さんが一般募集している田植えのイベントなどにも参加していました。そしてお酒も大好き!福島園のお米に惚れ込み、知り合いのいる福岡市の酒販店、とどろき酒店に相談をします。

そこでとどろき酒店が紹介してくれた酒蔵が久留米で200年の歴史を紡ぐ「山の壽酒造株式会社」でした。

 

山の壽酒造株式会社

山の壽酒造は久留米市の北野町にある200年の歴史をもつ酒蔵です。その歴史や柔軟な発想を活かした取り組みをパネルとともに斉田さんに説明していただきました。

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斉田さんの話し

山の壽酒造は創業して今年で201年目。江戸後期から始まり、本家の建物は日本の家百景に載るほどの趣を残しているそう!蔵の方は平成3年の台風で全壊してしまったためその後2年の休蔵を余儀なくされるも、今では現代的な設備が整った新しい蔵に生まれ変わっています。

会社のスローガンは「Good time with 山の壽」。「我々は日本酒を売ってますが、単純にお酒を売っているつもりはないです。私達のお酒を飲むことで生まれるいい時間を提供しています」と話す斉田さん。

蔵では年齢も経験年数も関係なく、みんなで知恵を出し合いながら作業を行っているためか、新しいお酒も生まれやすいそうです。

余談ですが先日福岡で行われたG20のレセプションにはなんと、山の壽のお酒が振る舞われています!雄町(おまち)という酒米で、昨年福岡で最高賞の福岡県知事賞をとった純米酒。金賞をとるような酒蔵がプロジェクトに関わっているなんて、なんと心強いのでしょう!

一見すると酒蔵に閉じこもっているようには見えない、どこか垢抜けた雰囲気の斉田さん。実は酒造に関わってからまだ4年ほどなのだそう。それまでは何をしていたんでしょう?

「もともとはカメラマンをしてました。写真を撮りながらいろんなところを旅してたんですが、30代になってからは違うことがしたくなって、北アルプスの山小屋で4シーズンくらい番頭をしたりもしてました」。

かなり自由人なんですね。そして山小屋が閉まって季節労働先を探しているときにたまたま酒蔵の求人を見つけます。「一緒に山小屋にいた仲間に、福井で酒造りをしている人がいたので、酒蔵もいいなと思って」。笑いながら斉田さんは続けます。

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みんな身を乗り出して話に食いつきます

「働いてみたらその所作を見た職員に初日から『斉田さん、なんかもう10年いるみたい』と言われるくらい馴染んでしまって。その後、社内のいろいろに巻き込まれる形でそのまま酒蔵の人になってしまいました。」

プロジェクトが開始して今年で3年目。2017、2018年とも収穫分では1樽(一升瓶にして1000本)分の山の壽が作られましたが、2年とも完売しています。

「作る酒の量が増えることは有機農業の田んぼが増えることにつながります。いずれは10樽分作れるようになって、もっと有機農地が増えていけばいいですね。」

 

米農家 石松さん

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石松さんは福島さんと一緒に宗像日本酒プロジェクト推進会として活動する米農家さん。地域の農地のやりとりの判断や仲介をする宗像市農業委員会に所属しており、福島さんの先輩です。

本来70代くらいで役が回ってくる農業委員を40代の石松さんと30代の福島さんが務めているというのは前例になかったそう。

「農業委員になったことで耕作放棄地や一人あたりの農地面積が増えている現状を日々目にします。宗像日本酒プロジェクトでは収益の一部が地域の環境保全のために使われる仕組みをつくっていく予定です。ここに関わることで同時に環境保全も進めていけたらと思っています。まぁ、お酒が好きなので、それに乗っかりたかったというのが関わることになったきっかけなんですけど。(笑)」そう話しながらも、石松さんはこのプロジェクトの広げ方を模索しているといいます。

さいごに

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これからどのような活動を考えているのでしょうか?

「どうしていかないといけないか、ということを考えています。そもそもネーミングがお酒の名前なのでお酒ありきになっていますけど、将来的にはいろんな酒蔵でいろんな日本酒プロジェクトのお酒ができていいと思ってます。お酒だけでなく寿司専用の米も作れたらいいなと思っていて、酒とお寿司が一緒に提供できる!とかも面白そうだなと。楽しくやっていかないと続かないと思うので、どんなふうにおもしろくしていったら有機農地の面積が増えるかなと思っているところですね。こんなふうにしたらおもしろいんじゃないかな、というアイデアがあれば教えてください。」

楽しく継続していくことが大切!ということで、いろんな人のアイデアを借りながら、助けてもらいながら、農業の在り方が変わるタイミングを待ちつつ、今後もプロジェクトは続いていきます。

自然栽培で作られ、環境保全につながる活動の中で生まれた「山の壽」。酒販店で見かけた際はぜひ手にとってみてください!

 

取材・文・写真:執行沙恵

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月に一度、さまざまな一次産業に関係する人たちとカウンター越しに語り合うLiV×LiVEs(リヴ×ライブ)。毎月変わる一夜店長。普段なかなか知り合う機会のない彼らが、どんなことを思い、どんな仕事をしているのか、生の声を酒の肴に交流を楽しむイベントです。

過去の開催レポートはこちらをどうぞ↓↓
Part1:むなかた鐘崎の海女ちゃん
part2:川上農園の3代目、耕太さんとしのぶさん
part3:古賀市From Tomato佐々木悠二さん

 

4回目の店長は若手漁師、宗岡健一さんと権田幸祐さん

4回目のLiV×LiVEsは4月28日、長期GWのあたまに開催しました。一夜店長は保育士免許をもつ宗岡さんと、漁師でありながら雄弁な権田さんのお二人です。

海の幸に恵まれた宗像ですが、その根底を担っている漁師の現状は予想以上に深刻です。参加できた方もできなかった方も、この記事を読んでその現状に少しでも興味をもっていただけたら嬉しいです!

 

本日のドリンクとお通し

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「鯛とブリの漬け」と「海人ウォーター」

本日のオリジナルドリンクは「海人ウォーター」日本酒「沖ノ島」をトニックウォーターとレモン果汁で割ったシンプル爽やかなカクテルです。見た目が「水」なのでごくごく飲めてしまう危険な飲み物(笑)。そしてお通しは2種類。厚い切り身に絶妙な和風ゴマダレが絡んだ「鯛とブリの漬け」と、醤油の香りが食欲を誘う「イカとブリの白子の煮物」

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「イカとブリの白子の煮物」

煮物にはマヨネーズを添えるのが漁師風ということで、たっぷりマヨネーズと食べていただくとますます絶品でした!みなさんドリンクとお通しをいただきながらあちこちで話の花が咲きます。

 

若手漁師のお二人

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ふたりは同郷の幼馴染(左:権田さん、右:宗岡さん)

彼らは今年35歳。権田さんは漁師歴19年目。宗岡さんが船長を務める共進丸の機関長をしています。宗岡さんは漁師歴13年目。その若さで共進丸の船長を務め、乗組員、炊き出しの女性陣、魚の選別をする選り方(えりかた)さん、トラック運転手など40人の従業員を束ねる水産会社の代表です。

先祖代々漁師家系を継ぐお二人ですが、漁師になるまでにはそれぞれのエピソードがありました。

 

権田幸祐さんの場合

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権田さんが漁師になったのは16歳のとき。親からは「漁師にはならんでよか」と言われ、自身も漁師になりたくないと思っていたそうですが、あることがきっかけで漁師になると決めます。権田さんの漁師デビュー話はご本人の書き下ろし宗像市NPOセンターが発行している「ふらぐ」にコラムとして掲載されているので、こちらをご覧ください!

>>権田さんコラム 宗像海人航海日誌「僕の漁師デビュー」

 

宗岡健一さんの場合

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宗岡さんの家系も先祖代々巻き網漁の網元。「小さいころ船に乗せてもらい、近くで父や一緒に漁に出る近所のおいちゃんたちの姿を見ていてカッコいいなぁとは思っていたものの、工業高校を出て一般の企業に就職しようと思っていました。漁師になる気はなかったですね」。そして高校生のときに姪っ子ができ、面倒をみていると、子どもが好きだという気持ちが芽生えたそう。「こういうことをしてお金がもらえるなんて、なんていい仕事なんだ!」そして保育士を目指して専門学校に通うのです。

 

権田さんの一言

宗岡さんが福岡の専門学校に通っているとき、同じ港町出身の権田さんは宗岡さんの父のもとで漁師の修行をしていました。そのとき地元での飲み会の席で、宗岡さんは権田さんから言われた一言を今でも覚えていると言います。「『共進丸のことは俺に任しとき!』って言われたんです。お酒も飲んでたし、本人は覚えてるかわからないんですけど。その言葉にぐっとくるものがあったのを、今も覚えてます」

保育士になろうと思っていたものの、祖父も父もしていた漁師。姉と妹に挟まれて長男の宗岡さん。「僕が継がなければ跡継ぎがいない状態です。漁師という選択肢は、頭のどこかにはありました。けれど父は一度も漁師になれとは言わなかったんです。工業高校に行くにしても、専門学校に行くにしても、『なんで漁師にならないんだ』とは言わなかった」

それでもいつでも漁師になれるようにと、宗岡さんは専門学生のときに船舶試験の免許を取得します。 

 

いつも応援してくれている母が

保育士の面接では園長先生に正直に想いを伝えました。「家業が漁師なので、何年後かはわかりませんが、継ぐ想いがあります」と。1歳児のクラスをもち、その子達が卒園するまでは保育士をしようと思っていましたが、ある日母から声がかかりました。

「ちょっと戻ってきてくれんかね」

「母は高校に行くにしろ、保育士にしろ、『あんたの人生なんやけん、いいっちゃない』とずっと自分を応援してくれていました。そんな母が、初めて戻ってきてほしいと言ったんです。保育士としては1年しか勤められなかったけど、漁師になることを決めました」

 

世代交代は突然に

漁師になって11年目の一昨年の夏、共進丸の船長をしていた宗岡さんの父が沖で倒れます。急なことではありましたが、その翌日から宗岡さんは船長になったのでした。

「船長になってからは1年半。今はまき網の7隻をまとめる船長をさせてもらっています。あがきながら、頑張っています」

保育士の資格をもつ漁師の船長。一つひとつを噛みしめるように、両親への想いをはせながら語られた言葉からは、これまでの環境に対する感謝があふれていました。

 

厳しい漁師の現実 

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カウンター越しに語らう

権田さんは年々厳しくなる漁業の現実を肌身で感じるといいます。

 

負のスパイラル

「漁師になって19年目になりますが、まず魚の数がどんどん減っています。加えて、売れなくなってきていますし、値段も下がっています。漁師からすると“獲れない、売れない、安いで、負のスパイラルに陥っている状態。2030年までには漁業は滅びる、という学者もたくさんいます」

温暖化の影響で魚が北上しており、近海で獲れていたものも遠くまで行かないと獲れないし、その量も少ない。燃料代ばかりが上がり、以前は4割ほどあった利益率も今では1割を切るのだそう。「燃料代だけで1回沖に行くのに200万くらいかかります」という言葉に参加者の顔が引きつります。

 

メディアの情報とは異なる現場の声

「メディアの情報では『一次産業従事者の漁業者が減っているから増やさなきゃ』と言われたりもしまけど、僕自身としてはもっと減っていいと思ってます」。その言葉に「えぇー」とどよめきが。なぜなのでしょう?

「漁具の発明や、漁船が新しくなっているので漁師一人あたりの漁獲量が増えているんです。漁師は今の半分以上減らないと、みんなに行き渡りません」。これには納得。昔はマンパワーを主戦力としていた部分も、機械化が進むことで効率化されたのでしょう。また漁業に携わる人が多すぎることも問題であると権田さんはいいます。

「獲れた魚を港町だけではなく日本、または世界に広く流通させたいがために流通段階が増えました。今は一般消費者に行き渡るまでに6つも段階を踏んでいます。その過程で一部が儲かってそのしわ寄せが他のところに行く、ということが現状起こっているんです」

 

「乱獲」の問題

魚は人間が獲りすぎると減ってしまいます。そして再びもとに戻るのには2、3年はかかるのだそう。鐘崎で獲れる「トラフグ」など、鐘崎の漁業では一定の水準に達していないフグは獲らずに海に戻すことをルール化していますが、その水準は地域によって異なるそう。

「ここでは獲らずに海に返しても、よその地域、または個人などルールのない環境下で漁をしている人は構わず獲ってしまいます。乱獲について一部が問題視していても、全ての漁業従事者がその解決に向けて同じ方向を向いているわけではないのが現状です。まとめるのは難しいですね」

 

漁師に明るい未来はある?

話を聞けば聞くほど厳しい漁師の現状に参加者も不安が拭えません。「漁師に明るい未来はあるんでしょうか?」という質問に、権田さんは力強く言います。

「どうすればいいかわからない、という状況ではなく、やるべきことはわかっているんです。漁業はこうあるべき、というのも全て見えているので、あとはそこに一歩一歩近づくだけですね」

 

LiV✕LiVEsで生まれる交流

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今夜もこんな素敵な出会いがありました。笑

LiV✕LiVEsでは普段なかなか知り合うことのできない人と交流できるというところが一夜店長に喜ばれています。今回はなんと、福岡市の魚屋の店長が参加していました。前回参加した女性が魚屋でバイトをしており、「次回は漁師の話!?それは店長を連れてこなきゃ!」ということで、実現したのだそう。

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鐘崎の漁師さんへ」ということで本を寄贈いただきました。行平さん、ありがとうございました!

他にも「魚で、まちづくり!」という本の著者で大学の地域共創学部の講師の参加も!直接漁師さんから生の声が聞けるということで、店内はいたるところで賑わっていました。一夜店長の二人もカウンターから出て参加者と一緒にいろいろな話ができたようです。

 

生き残っていくために

農地と違って明確に線引できない海での乱獲や、ある種の魚だけを獲らないことで乱れてしまった海の生態系の問題など、課題は山積みです。それでも、これからの漁業を担う彼ら若い漁師は決して諦めていません。

「この時代、この魚がどういう獲り方をされてどういうふうに自分たちのもとに届いたのか、それを踏まえて誰から買いたいのかを選べる時代になったんじゃないかと思います。自分たちのそういう想いや行動を発信していくことが、自分たちが生き残れるかどうかにかかってくると思っています」

今後も彼らの活動に注目していきましょう!

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宗岡さん、権田さん、ありがとうございました!

 

次回予告!

次回5月のLiV✕LiVEsは「宗像日本酒プロジェクト」に参画する3人です。
農業福島園の福島光志さん
農家の石松健一郎さん
山の壽酒の斉田 匡章さん 

これは農家・酒蔵・酒販店・飲食店・応援者(消費者)が「日本酒」を介して継続的につながり、関係性をつくっていくプロジェクト。

日本酒が好きなあなたも、飲めないけど酒米とそれをとりまく環境に興味があるあなたも、農家さんや酒蔵さんたちと交流してみませんか?

*「宗像日本酒プロジェクトFacebookページ」はこちら 

■5月のLiV✕LiVEsのイベントページはこちら

取材・文・写真:執行沙恵

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月に一度、さまざまな一次産業に関係する人たちとカウンター越しに語り合うLiV×LiVEs(リヴ×ライブ)。毎月変わる一夜店長。普段なかなか知り合う機会のない彼らが、どんなことを思い、どんな仕事をしているのか、生の声を酒の肴に交流を楽しむイベントです。

過去の開催レポートはこちらをどうぞ↓↓
Part1:むなかた鐘崎の海女ちゃん
part2:川上農園の3代目、耕太さんとしのぶさん

 

三夜目の店長はFrom Tomatoの佐々木さん

3回目のLiV×LiVEsは3月14日、初めて平日木曜の夜に開催されました。今月の一夜店長はFrom Tomato佐々木悠二さんと、その妻陽子さん。悠二さんはサラリーマンとして勤めていた前職を1年前に退職。新規就農して、一風変わったスタイルで農業を始めています。
陽子さんは悠二さんのつくるトマトを素敵な料理に変身させる専属のシェフで、このときなんと妊娠8ヶ月!座って休みつつもカウンターに立ってドリンクやお通しを出してくれました。今日はお二人からどんなお話が聞けるのでしょうか?

 

本日のドリンクとお通し

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トマトの赤が鮮やかな“燃えよ!SASAKI”

本日のオリジナルドリンクはトマトジャムを使ったカクテル、その名も「燃えよ!SASAKI」!ジンジャー入のトマトジャムをウォッカと炭酸レモンで割って、最後にカットトマトをon。爽やかさの中に生姜がピリッとしまり、最後にふわっとトマトが香ります。車でアルコールを飲めない方にはノンアルコールバージョンの「ソフトに燃えよ!SASAKI」を。トマトジャム、グレープフルーツ、炭酸水で同じように佐々木さんのトマトを楽しめるドリンクとなりました。

 

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カプレーゼとピクルス

クラッカーにトマトジャムとカマンベールチーズ、クリームチーズを載せたカプレーゼトマトのピクルスをご準備いただきました。トマトは中まで液が染み込むように中玉を使用、2日間じっくり漬け込んであります。にんにくがきいているうえ、トマト自体も味が濃厚でとても甘かった!この時点で十分美味しかったのですが商品化はこれから。参加者のみなさんの生の声を聞いて改良を加えていきたいとのこと。トマト自体はすでに古賀市のコスモス広場で販売されていますが、ピクルスの販売も待ち遠しいです!

 

今日のお題

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オーナー谷口と今日のお題

今日のキーワードは「トマト」「竹林」「バイオマス」。佐々木さんの取り組みを言葉だけで説明するのは難しいので、今回はラミネート加工した資料を準備。店内の壁に貼ってそれを見ながらお話を聞くことができました。

 

木造のビニールハウス

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古賀市の畑に建つ木造のビニールハウス

佐々木さんのハウスは古賀にあります。普通のハウスとは違い木造で、その数は14棟。どうして木造のビニールハウスなんでしょう?

 

 「ビニールハウスって正規の方法で立てようとすると10001000くらいかかるんですけど、その価格の根拠って不透明なんです。それがどうにも納得できなくて…。もともと建設業をしていてどういう設計をすれば物が建つかという知識はあったので、“とにかく安く農業を始める”というコンセプトで一から自分で作っていくことにしました。結果的には1/3~1/4の費用で建てることができましたよ」。その話にみんなが食いつきます。

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笑いも交えながら話に華が咲きます

「これは一人で建てたんですか?」
「もちろん友達とかに手伝ってもらってますけど、基本的には一人で組み立てられるようにしました。重量も軽くしてますし、高さも2mちょっとですね」。建てる過程では失敗して倒壊したこともあったそう。「昨日まであったハウスが、翌朝畑に行ったらなくなってたこともあります」と笑いながら話します。数々の失敗を繰り返しては改良を加え、今では台風にも耐えられるハウスになっているそうです。

 

 身近なバイオマス資源である竹林

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多くの山で見られる竹林

ところで「バイオマス」って何でしょう?
【バイオマス】とは「動植物などの生物から作り出される有機性のエネルギー資源で、一般に化石燃料を除くものを総称したもの」です。再生資源として注目されているもののまだそこまで実用化されていないのが現状ですが、佐々木さんは身近なバイオマス資源である竹林を農業に生かせないかと考えています。
「今は荒れた竹林を整備してたけのこ畑にしようとしてます。たけのこを生産しながらエネルギーも作れたらなと。農業を起点としてみんなにとって良いものを作っていけないか、それが目標ですね。」

 

佐々木さんてどんな人?

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参加者からの質問に答える悠二さん

木造のビニールハウスを自分で作ったり竹林でのバイオマスを農業に活かせないかと考えたり…佐々木さんて一体何者なんでしょう?なぜそんなことを考えるようになったのか、そのきっかけを聞いてみました。

もともと北九州の製鉄所に勤務していた佐々木さんは社内で陽子さんと出会い、結婚。その頃からいずれはバイオマスエネルギーに取り組みたいという想いが明確にあったそうです。
「でもバイオマスエネルギーを生み出す設備が作れてもエネルギーの使い道がないなと思っていて。何かないかなと思ったときに、農業用ハウスってそんなにむちゃくちゃエネルギーが必要なものでもないし、そこにバイオマスと親和性があるんじゃないかって思ったんです」そして佐々木さんは早速、当時住んでいたマンションのベランダにカインズで買ってきた簡易型のビニールハウスを設置し、トマトを作ってみます。それがまた意外に甘くて美味しかったのだそう!「これはいけるんじゃないか?」と思い現実的に構想を練り始めたタイミングで、子どもが生まれます。

 

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写真映えする美男美女夫婦!

佐々木さんが今の生き方を選んだのは子どもの存在が大きいそう。「会社に勤めながら、子どもが行きていく世の中ってどうなっていくべきだろうと考えました。そしてそれって他人任せにするものなのか?この子の生きていく世の中のために自分ができることはないか?って」。そして会社を辞めて独立する道を選びます。「自分も親父が頑張ってる姿を見てたんで、自分もそうやって挑戦する姿を娘に見せたいなと、そういう思いです」

会社を辞めて独立の道を目指すようになった夫を見て、陽子さんは反対しなかったんでしょうか?
陽子さん「反対はしなかったですね。彼の人生なので(笑)。私も手伝ったりはしますけど、彼も私にはしたいことをしていいって言ってくれていますし」。そんな奥さんの言葉を受けて悠二さんは、「いやぁ、ありがたいですよね。そんなことを言ってくれるから、逆に頑張らなきゃと思います。最近読んだ本に書いてあったんですけど、人生の道の分岐点に立ってさぁどっちに行こうかって迷ったとき、どっちかが正解でどっちかは地獄に真っ逆さま…ていうわけじゃないんですよね。どっちにも結局道が続いてくだけだから、どんどん進んでいくしかないんだって。どの道を選択しても、結局その先の努力次第だよねと。だから全部が実験です。」

 

これからしていきたいこと

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カウンター越しに交流

佐々木さんの農業はスタイルは、いろいろな人が少しずつ関わり成り立っています。「最近思うのは、いろんな人にこの活動自体を知ってもらわないと賛同者も得られないなということ。昨年はハウスを建てるのでいっぱいいっぱいでしたけど、今年は発信にも力を入れていきたいです。そんなときに谷口さんに声をかけていただいて、今日みたいな機会をいただいたのは本当にありがたかったです。失敗して凹むことも多いけど、今日みたいなイベントがあるとまたモチベーションが上がりますね

失敗を恐れずにいろいろ試していく佐々木さんの姿勢や言葉から、これからの道が楽しみで仕方ない様子が伝わってきて周りにも伝播していくようでした。

 

店長からアンケート

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トマトについてのアンケートを準備してきていました

参加者からの生の声を聞くべく、アンケートを準備されてきていました!質問項目に対して当てはまる項目にシールを貼っていくタイプ。なかなか普段の生活では知り合えないし声を拾いにくい一般消費者の声をこの機会に存分に収集してもらえることは、主催側としてもやってよかったと思うのでした。

これからの佐々木さんの取組に乞うご期待ですね!

 

次回予告!

次回4月の一夜店長は鐘崎漁港の若手漁師、共進丸 船長 宗岡健一さんと、共進丸 機関長 権田幸祐さんです!

時代や環境の変化により漁獲量が減少し、魚離れが進む日本。「魚が捕れない・売れない・安い」現状が続き、今や風前の灯火である漁業。

そんな状況下でも自ら漁師になる道を選び、漁業を盛り上げるべく日々奮闘中しているお二人は、漁師の未来をどう描いていくのでしょうか。

どうぞお楽しみに!

 

4月のLiV×LiVEsの詳細はこちらから

 

取材・文・写真:執行沙恵

 

 

 

 

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月に一度、さまざまな一次産業に関係する人たちとカウンター越しに語り合うLiV×LiVEs(リヴ×ライブ)。毎月変わる一夜店長。普段なかなか知り合う機会のない彼らが、どんなことを思い、どんな仕事をしているのか、生の声を酒の肴に交流を楽しむイベントです。

1回目の様子はこちらをどうぞ。

 

二夜目の店長は川上姉弟

今日の一夜店長は川上農園の3代目の耕太さんと、そのお姉さんのしのぶさん。しのぶさんがデザインしたおそろいのTシャツを着て登場です!ネーブルや不知火(しらぬい)、レモンなど、大量にケースで持ち込み準備を始めます。

 

本日限定のドリンク

まずは本日限定ドリンクの仕込みから。ネーブルをザクザク切り分け、リキュールやジュースの割合を調整しながら…できました!川上農園のネーブルをふんだんに使ったカクテル、「川上サンセット」です!見てください、この鮮やかなオレンジ!

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川上
サンセット

スッキリ爽やか!果汁も果肉もたっぷりの贅沢なカクテル。車で来た人でも楽しんでもらえるように、ノンアルコールバージョンの「川上サンライズ」も準備しました。また普段LiV KiTCHENで出しているサングリアは川上農園のオレンジをはじめとしてたくさんの果実が溶け込んだもの。こちらもあわせてオススメです。

 

乾杯!

19時になると「こんばんは〜」と、ぞくぞくと人が集まってきました。今夜は水巻町や、遠いところは大牟田市から足を運んでこられた参加者も!さらに西日本新聞の取材も入り、通常10人ほどでいっぱいになる店内は人でいっぱいいっぱいになりました。みんなで乾杯すると、それぞれの場所で話しに花が咲きます。

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人で
いっぱいになる店内

 

おつまみは不知火(しらぬい)のドライフルーツ

今夜のおつまみは“完熟・不知火のドライフルーツ”。

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飴のようなドライフルーツ
!ネーブルとレモンを添えて

川上農園自慢の完熟不知火を専用の乾燥機で20時間かけてじっくり乾燥させたもので、見た目はカリッとしていますが食べるとまるで飴のよう!砂糖を一切使っていないのにこの甘さは驚きです!素材そのものの甘さがギュッと詰まってやみつきになりますよ。
こちらは道の駅むなかた赤馬館、光岡の交差点付近にあるかのこの里などの店頭で販売される予定ですが、今夜は特別に先行販売。「買いたいです!」「私も欲しい〜」とすぐに品薄になっていました。お店で購入したいときはこのしのぶさん作のポップが目印。

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川上農園の商品はしのぶさ
んお手製のポップが目印

ところで「不知火(しらぬい)」という名前、聞いたことありました?というか読めました?そんなの知らないなーという方は、あれです。見た目はデコポンです。じゃあデコポンでいいじゃん!と思っちゃいますが、実はデコポンは熊本産のものにしか使えない名前なんだそうです!
はじめて知りました…。みかんの世界もかなり奥深そうだ。

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ドライフルーツ
の商品 1袋/15g ¥300

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アイ・ラブ・みかん!!

ロゴやポップのデザインは全てしのぶさんが手がけています。ロゴにはモグラ盛り上がった土虫にかじられた葉っぱなど、川上農園を象徴とする要素が散りばめられたデザインが施されています。さてそろそろ、川上農園がどんな農家なのか?、見ていきましょう。

 

川上農園って?

地元の人ですら秘境と呼ぶ、南郷地区の大穂(おおぶ)。その他、山田田島に川上農園はあります。みかんがメインですが、他にもお米ブルーベリーも作っています。
一番のこだわりはなんといっても50年近くかけて作られた「土」!除草剤を使わず、手間ひまかけて手作業で草を刈り取り、それを肥料として活用しているそうです。なのでミミズもモグラも住める土はふっかふか。みかんにも艶を出すためのワックスや防腐剤は使っておらず、「自然の力で作っているので他と味が違います!」と耕太さんも自信満々。

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本日のお題は「みかんについて」

9月下旬から11月にかけて収穫される温州みかんは地元の学校給食で食べられているのだそう!自然の力で手間ひまかけて作られた川上農園のみかんはとっても甘いと評判です。こんなおいしいみかんが給食で食べられるなんて幸せですね!

 

3代目への代替わりは?

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とっても仲良し
な姉弟

お客さんがカウンター越しに二人に質問を投げかけます。

Q.『もうお父さんは見守る側に立っていて、完全に耕太さんやしのぶさんに代替わりしている状態なんですか?』

「いやーまだまだですよ。耕太には失敗させたくないみたいで、やっぱり心配なんでしょうね。近くで見ていてもすぐ代わろうとするんですよ」としのぶさん。

お米も作っている川上農園。あるとき耕太さんが運転する耕運機が田んぼにはまり、車体が大きく傾きます!それを見ていたお父さんと姉弟のやり取りがこちら。

お父さん 「耕太ー!!(運転)変われーー!!
耕太さん 「変わらーん!!」(車体傾いたまま)
しのぶさん「変わらんでよかー!!もうお父さん、耕太も失敗せんと身につけていかんのやけん、なんでも手出したらいかんよ!」

こんなやりとりが広い田んぼを挟んで行われているんだそう。容易に想像できて、なんだかほっこりしますね。笑

「すぐあれこれと口を出したがる父だけど、もう70にもなってきてさすがに身体が動かなくなってきてる自覚もあるみたい。そろそろ完全に引き継がないといけないとは思ってるんでしょうけどね。いつまでもお父さんは“お父さん”でいたいんでしょうね」としのぶさんは顔をほころばせます。

 

Q.『農業をしていて大変なことは?』

「草刈りは地味に大変ですよ。そこがこだわりではあるんですけど(笑)」と耕太さん。「でも昔に比べて気候が変わってきているのはありますね。雨も降って欲しいときには降らなくて、降らなくていいときにはこれでもかってくらい降る。気候が変わってきたのは仕方ないから、自分たちはそれに対応しながらやっていくしかないですよね。極力笑いながら、元気に生活していけたらいいかと思ってます」と笑顔で答える耕太さん。

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カウンター越しにも話が盛り上がります

親父さんが先代から受け継ぎ自信をもって作り上げてきた土とみかん。
近年の環境の変化に耐えながらも、それを真摯に引き継ぐ耕太さん。
得意分野で広告を手がけ、Facebookなど情報発信するしのぶさん。
しのぶさんのポップデザインをTシャツなどに転換したり、ネット販売での営業を応援するしのぶさんの夫。

川上農園はまさに家族総出でそれぞれの持ち味を活かして経営を行っているのです。
「仲がいいからね、仕方ないね。でもケンカが絶えんよ!」と笑いながら話す様子は、聞いているみなさんも笑顔にさせるのでした。

 

 

さいごに

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終始楽しそうな二人

はじめて一夜店長をしてみてどうだったか、お二人に感想を聞いてみました。

 耕太さん
「ドライフルーツなど美味しいので商品として出してますが、内容量と価格が適正なのかって生産者側からはよくわからなくて。そういうのも直接聞けるのがいいですよね。」

しのぶさん
「普段は仕事関係の人以外の人達との関わりがないので、こういう機会ははじめてで新鮮でした!草刈りなど手のかかるやり方で農園をしているから、喜んでくれる人の顔が見えて、それが肌身で感じられるとこれでまた頑張れるって気持ちになるし、この達成感がやりがいに変わります。カクテルなどにして加工したものを直接渡したこともなかったから、楽しかったです!交流をもてたことが嬉しかったです。」

 

確かに、普段の生活の中で一次産業に従事する人はそれを買って食べる消費者と関わる機会がほとんどありません。逆もまた然りで、私たち消費者も店で買う農作物や魚や肉が、どんな人たちの、どんな想いから作られているものかを知る機会がほとんどありません。

 

【LiV×LiVEs】ではこれからも、そんな一次産業に関わる人たちと交流できる場をつくっていきます。この場を通してもっとたくさんの人に、想いを込めて市場に食材を提供してくれている人たちの想いを知ってもらえたら、何かが変わっていくかもしれません。それが何かはまだわかりませんが、そんなことを期待しながら次回の【LiV×LiVEs】の告知です!

 

次回予告!

次回は3月14日(木)19:00から!

脱サラして地元古賀市に帰ってきて、昨年から新規就農したトマト農家の佐々木悠二さん

彼はビニールハウスを木造で建てたり、自分でシステムを組んで肥料を自動で撒く装置を開発したり。これまでの農家さんとは少し違うアプローチで農業を始めた方です。
なぜ、そんな奇抜なことをやろうと思ったのか、当日みんなで聞いてみたいと思います。
どうぞお楽しみに!

 

 3月のLiV×LiVEs詳細はこちら

取材・文・写真:執行沙恵  

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海と山に囲まれた自然の恵み豊かな宗像

ここには農業や漁業など、自然と共存することを生業とするさまざまな人がいます。元号が変わるこの時代の節目に、彼らはどのように前代の生業を継いでいこうと考えているのでしょうか?

 「そんな境遇にいる人たちってぶっちゃけどう思ってるの?」

リアルな現場の声を聞いてみたい!ということで始まりました!

「LiV × LiVEs」(リヴ×ライブ)

 

ここでは月に一度、LiV KiTCHENを会場としてさまざまな一次産業に関係する人たちとカウンター越しに語り合うことを行っていきます。毎月変わる一夜店長。普段なかなか知り合う機会のない彼らが、どんなことを思い、どんな仕事をしているのか、生の声を酒の肴に交流を楽しむイベントです。

 

「一夜店長」×「参加者」×「お酒」×「楽しい時間」…

不特定なものの掛け算の中でどんな偶然の産物が生まれるのか!それは来てみてからのお楽しみ♫

 

本日の一夜店長

第一回目の一夜店長は宗像の海女ちゃん。2018年4月から地域おこし協力隊として宗像市鐘崎で活動してます。

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本田 藍さん(左)と林 由佳理さん(右)

 

本田さんは滋賀県、林さんは岐阜県と、お二人とも海に面しない県の出身ですが「海が好き!」というのが共通点。「こんにちはー」と挨拶も早々に、もってきたチラシや拾った貝の標本、手作りのシーグラスのランプシェードを「どこに置く?」「ここがいいかな?」と会場レイアウトに取りかかります。わいわいとカウンター内で準備する仲の良い様子は本物の姉妹のようです。

 

今回は海女ちゃんからのオリジナルメニューとして鐘崎の郷土料理、「のうさば」(鐘崎かずのこともいう)がお通しとして振る舞われました。

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のうさばのお通しとシーグラスを拾って作ったランプシェード

 

のうさばとは、ホシザメを開いて干したものを湯がき、サメ肌を取って味付けをしたもの。これがお酒のつまみにすごく合う!一夜限定カクテル「海女ちゃんブルー」(※)と共に堪能する参加者のみなさん。
※海女ちゃんブルー:日本酒 山の壽(宗像日本酒プロジェクト)をベースにしたカクテルです。

 

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オーナー谷口の中学のときの同級生が3人飲みに来ていて、同窓会のような盛り上がりを見せていました

 

ちなみに手前のお二人の間にぶら下がっているのが調理される前の「のうさば」です。 

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サイズ感を出すために綺麗なお姉さんに比較対象になってもらいました。笑

 

干されている状態では特に匂いはないです。指で逆さに撫でると「サメ肌!」という感じ。みんな珍しそうに触っていました。

さて、場も温まってきたところで本日のお題。

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お題「海女ちゃんの出身地の話」

 

途中から参加してきた人に「今こんなこと話してるよ」というのがわかるようにボードを準備。でも基本的にはみなさん好きなことを好きなようにお話していました。

 

残したいものを残していくためには

本田藍さんの場合

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サングリア片手に笑顔の本田さん

 

本田さんは元はなんと高校の生物の先生!先生がこんなにかわいかったら生物もっと頑張れただろうなぁ。

京都の吉田寮(※)に住んでいた経験があり「歴史あるもの、古いものを残したい」という想いが強くあったそうです。

※吉田寮…京都大学にある日本最古の学生自治寮。
吉田寮がどんなところかわかる記事があったので気になる方はこちらをチェック
ちなみに、当時吉田寮には有志が「吉田寮畜産業協同組合」というものを運営しており、本田さんも積極的に関わっていたそうです。

 

「残したい物があっても、本当の意味でそれを残していくためにはただ物だけがあればいいというわけではなくて、たくさんの人の協力のもと”その物を取り巻く文化”も一緒に残していく必要があると思っています」

宗像の鐘崎漁港は海女さん日本発祥の場所。大正時代に150人いた海女は今や60代を超える1人だけになっていました。元から海に憧れがあった本田さんは「海女の文化を残したい」と、自身が海女となりました。漁の最中に海底でゴミを見つけたときは拾うなど、個人でできる環境保全も行っています。2018年夏に宗像市で行われた宗像国際環境100人会議の分科会にも出席して積極的に海の環境のことも勉強し、この夜も熱い想いを語ってくれました。

 

募集締め切り当日の夜

 林由佳理さんの場合

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オーダーの入った山の壽を注ぐ林さん

 

林さんは工場に10年以上勤務し、ヨガのインストラクターと、趣味でサーフィンもしていたそう。スラリと長い手足や身のこなしからも納得!けれど意外に天然のようで、白ワインを頼まれていたのに日本酒を注いでいました。笑

印象的だったのは宗像が地域おこし協力隊として海女を募集している記事を見つけたのが募集締め切り当日の夜、「あと2時間で募集が締め切られる!」というタイミングだったという話。

「迷っている暇はなかったですね。したいことはしよう!と思って必死に申請書に入力しました」と当時の様子を笑いながら話す林さん。全国から9人の応募があった中、見事海女ちゃんに選ばれたのでした。

 

カウンター越しに盛り上がる店内

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参加者はLiV KiTCHENを出たり入ったりしながら、10人ほどで海女ちゃんと話をしていました

 

店内ではカウンターを挟んでさまざまな話が飛び交っていました。

『今の時期は海には潜るの?』
「12月までなまこを獲ってましたけど、今は潜るのはお休みですね。次は2月からわかめを獲りますよ」

なまこは海底にいるため深く潜るのだそう。沖ノ島の漁ではベテランの海女さんは20メートルも潜るんですって!生身でそんなに潜れるなんて、すごい。

 

『宗像に来てどう?』
「最初はよそ者扱いされるのかな…と不安だったけど、よく来たね!って受け入れてもらえて嬉しかったです」

鐘崎の近所でお世話になっているお宅にお邪魔するとだいたいお酒の洗礼を受けるそう。

「記憶をなくすくらい飲まされるんで、最近気をつけてるんですよー。でも不思議とちゃんと家に帰ってて…ほんともう怖いです!」

笑いながらそう話すのは林さん。完全に宗像の色に染められているようです。笑

 

『潜ってて楽しいなぁって思う瞬間とかありますか?』

「魚がかわいかったときとか、でかいあわびがおったときにはうわぁ!ってなります!笑」

「水面に上がって息を吸えた瞬間は『生きてるなぁ!』って思いますね」

お仕事のことでも楽しそうに話してくれるお二人。本当に海女の仕事を楽しんでいる様子がとても印象的でした。

 

日曜は鐘崎のあまちゃん食堂!

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毎週日曜日(第2日曜を除く)は鐘崎の漁業協同組合で海女ちゃん食堂を開いています。サザエカレーや今の時期では季節限定のふぐを使ったかき揚げ丼など、ここでしか味わえない海の幸を堪能できます。海女ちゃんお二人がお出迎えしてくれるので、気になる方はぜひ行ってみてくださいね。

 

最後に

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海女ちゃんとあまおう

 

「漁に携わるようになって初めて、漁師さんが海の資源を守りながらいろいろなルールの中で漁をしていることを知りました。海のこと、漁のこと、漁師さんのことをもっと知ってもらいたいです」

そう話す二人の海女ちゃん。次の時代を海女ちゃんたちはどう担っていくのでしょうか。

海女の伝統・文化だけでなく、宗像にあるたくさんの文化が今次の時代に受け継がれようとしています。先代の想いや意志を、どう継いでいくのか。それはこれから私たちの手に委ねられています。

 

「LiV × LiVEs」は今後も月に一度、現場で活躍するさまざまな人たちとの交流の場をつくっていきます。

興味のある方は気軽に飲みに来てくださいね。

 

次回予告

気になる次回開催日は、

2月17日(日)19:00〜

一夜店長は、
みかん農園、川上農園3代目の川上耕太さんと、そのお姉さんのしのぶさんです!

 

LiV KiTCHENのサングリアは栽培方法にこだわった川上農園さんのオレンジを使用しています。

農園の3代目を引き継ぐ立場とは一体どういうものなのでしょうか?

どうぞお楽しみに!

 

2月のLiV × LiVEs詳細はこちら

川上農園ホームページはこちら

取材・文・写真:執行沙恵

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